ようやくBLSプロバイダーマニュアルG2015の日本語版が出ましたね。
これで暫定コースではない正式版G2015講習に移行できる! と思ったら、残念なことに今回リリースされたのはプロバイダーマニュアル(受講者用テキスト)のみ。
DVDやインストラクターマニュアルの日本語版は遅れているようで、現時点、販売時期は未定です。
完全日本語化で講習開催するには、日本語のDVDと日本語の筆記試験問題は欠かせません。
聞くところによると、9月末に大々的なG2015版BLSコース開催のためのプレコース(コンセンサス勉強会)を企画していた某大手ITC2つはどちらも中止になって、代わりの開催日は未定だとか。
あと数ヶ月以内、おそらく年内には出てくれるかなと思っていますが、まったくわかりません。
さて、いずれにしても日本国内でもBLSコースが、
暫定版ではない正式なG2015版に刷新されるのはそう遠い話ではありません。
組織としての伝達講習を待てばいいという人もいるかもしれませんが、やはりAHAインストラクターとしては、1日も早く新コースを知りたいですよね。
そこで、これから何回かに渡って新しいG2015正式版AHA-BLSプロバイダーコースのコース進行のコツについて紹介していこうと思います。
蘇生科学の変更より、教育工学上の変更が重要
G2015正式版のBLSコースで変わった点といえば、これがけっこうなビックインパクトで全然違っていると言っても過言ではありません。
蘇生科学に基づく変更点としては、大したことはありませんが、DVDを中心とした教育メソッドに関しては革新的な変化を遂げています。
その変更点の根源については、
ガイドライン2015 の「第14章:教育(Education)」を読み解くと見えてくるものがありますが、それについてはおいおい説明していきます。
今までもそうだったのですが、今回のガイドライン改訂で、AHA ECCプログラムは、インストラクショナル・デザインに根ざして設計されていることがはっきりと宣言されました。
インストラクショナル・デザイン(ID)に基づく以上、ゴール・オリエンテッドということで、コースのゴールである実技試験、筆記試験を見ていけば、コースの意図・思想が見えてきます。
G2015コースの実技試験・筆記試験がどう変わったか、という切り口で、新コースデザインを考えてみようと思います。
1.実技試験(成人へのBLS)に見られる教材設計の違い
実技試験のスキルチェックシートの体裁がガラリと変わりました。
まだG2015教材を手に入れていないインストラクターさんも、
AHA Instructor Network にログインすると、英語版チェックリストが無料公開されていますので、英語だから、と言わずにぜみ見てみてください。
日本語版のBLSプロバイダーマニュアルを手に入れた方は、それをみてもらうのが早いですね。
一言で言えば、厳格なチェックというよりは、ざっくりとした評価に変わっています。
例えば、CPR開始までの評価手順については順番は問われていません。
G2015では、呼吸と脈は同時に確認することが推奨されていますが、必ずしもそうではなく、別々に確認してもOKです。(それぞれに約10秒かけると最長20秒かかりますが、それでも合格できる基準になっています)
またしばしば問題となる通報のタイミングですが、これはアルゴリズム図やコースのデモ映像でも示されていますが、G2015では明確に定義はされていません。
ケースバイケースでその場で判断しろということなのですが、それが試験にも反映されていて、反応がないとわかった時点で「誰か来て!」と叫ばなくても試験には合格できます。胸骨圧迫開始までに通報が完了できていればいいのです。場合によっては第一報、第二報のように通報が二段階に別れる場合もあるかもしれません。
成人のBLSスキルチェックで求められるものも変わりました。
G2010ならびにG2015暫定コースで主に評価されていたのは下記の点でした。
・正しい評価手順と内容
・質の高い胸骨圧迫
・AED操作
・バッグバルブマスク換気(ポケットマスク換気はチェック対象外)
一方、G2015のスキルチェックシートを見ると、
・正しい評価内容(手順は問わない)
・質の高い胸骨圧迫
・質の高い人工呼吸(ポケットマスクorフェイスシールド)
・AED操作
そう、新しいBLSコースでは、成人の実技としてはバッグバルブマスクが使えることは問われておらず、逆にこれまで問題となっていなかった一人法におけるポケットマスクやフェイスシールドによる人工呼吸ができることが問われるようになっているのです。
つまり、問われているのは一人法BLSである、ということです。
この点は、ACLSでもまったく同じ評価表が使われており、市民救助者向けのハートセイバーコースでも、脈拍触知の項目がなくなっている以外は、問われている内容は同じです。
このことから、AHAがコース中に実技評価として求める成人CPRは一人法のみで、二人法に関しては試験では問わないという方針になったことがわかります。
2.実技試験(乳児へのBLS)に見られる教材設計の違い
乳児の実技試験に関しては、手順が問われない、ざっくりとした評価になったという以外は、成人ほどの違いはありません。
一人法〜二人法〜交代
この流れは変わっていませんので、バッグバルブマスク換気や、胸郭包み込み両母指圧迫法ができることが評価されます。
ただ実技試験実施上、気をつけなくてはいけないのが、
・第二救助者が到着後に行うのは、胸骨圧迫ではなく換気
・1サイクル毎に交代を促す
という点です。
やってもらうとわかりますが、これがなかなか難しい。
特に交代の促しですね。厳格にチェックリストに従うなら、1サイクルごとの交代を2回させる必要があり、忙しないと言ったらありゃしない。
受講者も交代に気を取られて、肝心の手技がおろそかになりがちです。それに本来なら10サイクルないしは2分で交代するところを強制的に交代させて、無理させるわけですから、あまりに非現実的。
これは、「実技試験の必要上これでお願いします」、という奥の手的な説明を受講者にしなければ無理かなと思います。
試験時間の短縮という点ではいいのですが、受講者への負担と現実性を考えると交代後1サイクル目できちんと評価をして次の2サイクル目で交代を促すほうがいいように思います。
3.筆記試験
これについては先行情報が出回っていて、知っている人も多いと思いますが、G2015正式版から、
筆記試験はテキスト持ち込み可の Open resources に変更されました。
筆記試験というと、知識の記憶を問うものというイメージが強いかと思いますが、テキスト持ち込みOKとしたら、そこで問われるのは知識ならびに記憶ではないということはわかりますよね?
この大胆な方向転換は、コース全体が目指すゴールがガラリと変わったことを示します。
この点は非常に大切な点なので、インストラクター各自がじっくりと考える必要があります。コース中、筆記試験を意識して大切な点を強調した指導をしていたと思いますが、今後、強調すべきは知識ではなくなる、ということです。
この変更のインパクトが大きいとAHAも重々認識しているようで、"2015 Guidelines: Open Resource Exams FAQ"という通達文書が出されています。
これも
AHA Instructor Network で公開されていますので、インストラクターは必ず目を通しておいてください。
特に"Why is the AHA moving to open resource exams?"という項目が重要です。
試験スタイルの変更から見えてくること
これらの試験における変更点から見えてくること。
簡単に言うと、G2015コースでは「
現場で判断し、行動を選択する能力が求められるようになった」、ということです。
今までの、はからずもBLSはアルゴリズムを覚えて機械的に行動することが試験で問われていました。
BLSコースの本来の目的は、言うまでもなく、現場でBLSを行えること、だったわけですが、講習会場で保証できるのは、目の前のマネキンに対して正しい手順でCPRを行えることだけ。
この点はAHAガイドライン2015の教育の章の中でも反省として、「現在の教育研究はコース直後の能力を重視しすぎており、数ヶ月から数年後に蘇生イベントに遭遇した場合の受講者能力を反映しない可能性がある」と述べられています。
そこで今回のガイドライン改訂では、カークパトリック Kirkpatrick の学習評価モデルが引き合いに出され、講習会場での試験合格というアウトカムよりも、現場で実践・転用できるというアウトカム、さらには疫学的に患者転機に影響を与えるというアウトカムに着目してコース設計を行うことが書かれています。
このことを知ると、新しいBLSプロバイダーコースDVDで、細かすぎるくらいに蘇生現場の詳細が描かれている意味と、Life is Whyという一見情動的とも思えるショートムービーからコースが始まる意味が見えてきます。
つまり、講習会場では、いくらリアリティを出しても限界があり、どうしても対マネキンへのお作法練習になりがちです。しかし、その行為の先にあるものが何なのか、を常に想起させ、マネキン相手の行動が実社会とリンクするような働きかけをして、リアルな現場に転用させたい。それがリアリティのある映像です。
映像の中では、どのタイミングで急変患者のベッドのギャッジアップを水平に戻すか、どのタイミングで背板を入れるか、他のスタッフとの協同など、かなり細かい描写もありますが、それらノンテクニカルな部分は、実技試験では不思議なまでに排除されています。
実技試験はあまりにシンプルすぎるというギャップ。
実技試験のゴール設定が、コース全体のリアリティからするとあまりに単純化されているのは、コース内で保証できる部分ではないです。
コース中では、最低限のBLS手技を身に着けてもらい、しかし、それがゴールではなく、映像で示されていたような複雑さを極めるリアルな現場で転用できるスキルに底上げするのは、このコースの中ではなく、現場でのシミュレーションやデブリーフィングによって身につけるもの、という線引を明確に行っている結果と考えられます。(今回の新コースではデブリーフィングの見本をインストラクターが行うことと、学習者がリアルな急変対応後に自分たちでデブリーフィングを行うことの意義が解説されています。)
ここから私たちインストラクターに求められるのは、BLSコース受講と合格をもって終わらせてはいけないということです。
かつてG2005版のBLSコースでは、コースDVDの最後はこんなセリフで締めくくられていました。
「どんな年齢層の人であっても助けられますね? 十分訓練したのですから!」
この時代からは真逆の方向性になって2010と2015と改訂を繰り返して、今があります。
BLSコースでの技術習得と臨床での技術実践との間には、絶対的なギャップがあります。そのギャップを無視していたのがG2005。そしてギャップに気づいてどうしようかとあがき出したのがG2010。そして、ギャップを埋めるために"take home message"を引き出すという作戦に出たのがG2015コースといえます。
このことを意識したときに、インストラクターはG2015のコースマテリアルを使いつつ、受講者にどんな働きかけをしたらいいでしょうか?
このことがG2015コースの意図と効果を最大限に引き出す分かれ道になるはずです。