2014年05月05日

PEARSプロバイダーコースは、公式に中身がバラバラ!?

今、話題のAHA-PEARSプロバイダーコースについて豆知識。

AHA講習といえば、医療標準化コースの先駆け。世界中どこで受講しても同じ、というのが売りだったわけですが、最新のAHA ECCプログラムであるPEARSプロバイダーコースは別。

ガイドライン2010版のPEARSになってから、オプション扱い項目が増えて、驚くほどに多様性ができてしまいました。

もともとはAmerican Medical Response JAPANでしか開催していなかったPEARSですが、今は、日本国内3つのITCが手がけるようになっています。

 ・日本医療教授システム学会 JSISH-ITC
 ・日本BLS協会 JBA-ITC
 ・日本ACLS協会 JAA-ITC

どの団体もAHA公式のPEARSプロバイダーコースを開催していますが、その中身は、もしかしたら別物? と思うくらいに違う可能性が出てきています。

これから受講する人は、そんなことを知っておいてください。

ちなみに、このブログで以前から書いているPEARSは、初代はAMR-TCのPEARSと、現JSISH-ITCのPEARSを前提でお話しています。(いわゆる日本PALS協会関連のところです)



さて、同じPEARSの中で、どんな違いが生じうるかというと、最大のポイントはシミュレーションをやるかやらないか、です。

そう、PEARSプロバイダーコースは、シミュレーションをやらずに、机上のディスカッションだけで終わらせることもできるのです。

一見手抜きのようですが、これも公式にAHAが認めたやり方。(英文インストラクター・マニュアルに書かれてます)

そもそもPEARSプロバイダーコースがどんなふうに進行するか知らないとイメージつかないかもしれませんね。



PEARSプロバイダーコースは、生命危機状態のアセスメント能力というノン・テクニカルスキルを鍛えるプログラムです。

生命危機状態にあるリアルな患者の映像を見て、体系的アプローチでの観察・評価の仕方を繰り返すというトレーニングになります。

ですから、Basicな部分は座ったままでいいのですが、評価→判定のあとの介入というプロセスでは、チームメンバーに指示を出して、マネキン相手に処置をしてみるというシミュレーション手順も入ってきます。

G2005までのPEARSでは、ビデオでのアセスメントのあとは、マネキン相手のシミュレーションという二本立ての進行が標準だったのですが、2010年の教材改訂で、シミュレーションはやらなくても良いことになりました。

つまり机上のディスカッションで終わるのか、あくまで模擬体験だとしてもシミュレーションが入るのとでは、学習体験として相当な違いが出てきます。

もともとコンテンツとして盛りだくさんなPEARSですから、極力シンプルにということで、ディスカッション・オンリーのメリットもありますし、せっかくチームメンバーの頭数が揃うのであれば、実際に指示出し/指示受けの体験をすることのメリットもあります。

こんなふうに座学で終わるPEARSもあれば、シミュレーション教育としてのPEARSもある。

どちらを取るかは主催するインストラクター(ディレクター)の考え方次第です。

参考まで、私の場合は、最初のケースシナリオ6つは、皆さん、病態を含めた理解がなかなか追いついてこないので、映像でのディスカッションのみとして、後半のPut it all togetherと呼ばれる総合練習のところは、マネキンの前でシミュレーションベースにしています。

その他、除細動器にAEDを使ってもいいし、手動式除細動器を使ってもいいし、オプションとして経口/経鼻エアウェイ挿入や骨髄路確保を体験させてもいいし、薬剤投与も入れてもいいし入れなくてもいいし、とにかく自由度が高い!

人におすすめする上で、受講する場所によってかなり違う可能性があるので、皆さん、ご注意ください。


逆に、インストラクターにとっては、この許可された多様性をどう活かすのか、課題が大きいとも言えます。

AHA講習はレッスンマップと呼ばれる指導要録にそって機械的に進めればいいのですが、PEARSに関しては、インストラクターの理念が大きく反映されるコースと言えるでしょう。




posted by めっつぇんばーむ at 21:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | PALS/PEARS/小児
2013年12月16日

PALSとBLS、評価手順の整合性、どう思う?

さて、AHAのPALSネタです。

PALSは総合芸術的な感じで、非常におもしろく、満足度の高いプログラムなのですが、残念だなと思うのが、BLSとの整合性。

特に傷病者評価、つまりアセスメントの入口がちょっと違うんですよね。

PALSは非心停止対応コースと思われがちですが、ACLSと同じ心停止対応ケースが含まれます。

VF/無脈性VT、PEA/心静止に加えて、徐脈、頻脈。

つまりACLSの要素がそのまま入ってます。

特に心停止ケースでは、最初から心停止とわかる映像が提示されて、シミュレーションが始まるのですが、そこで問題となるのが、PALSの体系的アプローチ法は、まずは、ぱっと見の第一印象だということ。

「大丈夫ですか?」(=反応確認、つまり神経学的評価)の一声じゃないんですね。

・見た目による意識状態
・呼吸
・皮膚色

この3つを傷病者に触れる前に評価をして、そこでBLS適応か、一次評価を進めていくかを判断するのですが、手を触れずにぱっと見ただけで、BLS適応と判断できて、普通のBLS手順に立ち返ればいいのですが、微妙な場合は、一次評価のABCDEアプローチの流れに入ってしまいます。

となると、気道、呼吸、循環、神経学的評価、体表面評価、という流れになっていき、心停止の判断が遅れがち。

まあ、現実問題、コースでの練習みたいに時間をかけるものではないし、わかるでしょ? 的な部分もあるんですけど、なんだかコースの中では引っかかるんですよね。

そもそも「第一印象」による評価というのは、傷病者に近づきつつの数秒間で評価するものだから、いいといえばいいんです。その先、そこでABCDEアプローチを使うか、BLSの評価アプローチでいくかを判断しろって部分がトリッキー。

こんなふうに、枝分かれするんじゃなくて、リニアな直線の流れの方がいいのになと思ってしまうんです。



私はファーストエイド講習の中では、基本、誰もが知っているBLSの評価アプローチからはじめます。

反応と呼吸の評価をもって、まずは心停止か否かを判定。心停止の可能性を除外できたところで、ファーストエイド的なABCDEアプローチに入っていくという流れ。

こうすると、BLSとの整合性がばっちり。

ファーストエイドは難しいという人には、心停止を除外できれば、あとは慌てることないじゃん、救急車を待てばいいんだからさ、と言い切れる。つまり、ファーストエイド講習といいつつも、最低限必要なBLSレベルを落としどころにすることもできる。

まずはBLSから始まって、心停止を除外したら、非心停止アプローチに切り替える、みたいな発想の方が、自然な気がしちゃうんですよね。

PALSのアプローチはそもそも非心停止を前提としている、そこに心停止ケースを当てはめることで、ちょっと無理が出ていないかなと思うのですが、PALSインストラクターとして先輩の皆様方、いかがでしょうか?





posted by めっつぇんばーむ at 20:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | PALS/PEARS/小児
2013年10月13日

PALSインストラクターになっちゃおうかな

私は、BLSインストラクター、ACLSインストラクターとして活動していますが、ついに禁断の第3の領域に着手してしまいました。

PALSインストラクター


日本国内で所属している日本医療教授システム学会AHA国際トレーニングセンター(JSISH-ITC)が、AHAとPALS契約を結んで、いよいよキックオフするというので、それに便乗。

初回のPALSインストラクターコースに参加してきました。

PALS/PEARSインストラクターコースDVD

もともとBLSヘルスケアプロバイダーコースでも小児の蘇生の理屈を伝えることに必要性は常々感じていましたし、ましてや日本版ガイドラインから市民向け小児救命法がなくなってしまった今、「子ども」がテーマとして大事になってきたと感じていたところでした。

なにより、病院内の患者安全対策としてもBLS/ACLSの浮かれ騒ぎは終焉気味。これからの時代、Rapid Response Team(RRT)のように心停止対応教育の次のフェイズが求められてきている時代、やっぱPALSでしょ! と言うわけです。

PALSは小児の二次救命処置という言葉には収まりきれない奥深さがあります。

子どもは心停止になったらほとんど助からないので、心臓が停まる前から介入する、それは救命の連鎖でも言われていることです。

BLS-HCPコースでも、60回/分未満の徐脈でCPRを開始したり、「呼吸なし脈あり」での補助呼吸みたいに、心停止以前からの内容が含まれているのですが、そこをとことん突き詰めたのがPALSの概念。

PALSでは人が死に至る経路を、呼吸のトラブル、ショック、致死性不整脈の3つにわけているのですが、これは子どもに限らず、大人でもまったく同じ。

つまり、PALSの予防の概念は大人でもそのまま使えるのです。

もちろん、薬の投与量とか、電気ショックのエネルギー数、バイタルサインの基準値の年齢による違いなど、ありますが、そんなことは取るに足らないくらいにダイナミックな視点で救命を考えられるのがPALSの魅力。

正直、私は医療の仕事で子どもと関わることはあまりないし、子どもは苦手で子どもの救命が何たるか教えるほどの経験もありません。


でも、今回、PALSのインストラクターになってみようと思ったのは、PALSコースの真髄、つまり急変対応の全体像をナースに伝えられるかなと思ったからです。

今回、日本医療教授システム学会AHA国際トレーニングセンター(JSISH-ITC)でPALSファカルティに任命されたのは3名。いずれもナースなんです。

医師、ではなく。

医師のインストラクターもいますが、ファカルティ(指導員教官/PALS部門責任者)は看護師。

これってすごいですよね。

どの団体もPALSの日本国内展開はうまく行ってません。

難しいとか受講料高いとか、まあ、いろいろと要因はありますが、そもそもPALSの位置づけを小児科医のためのもの、みたいにとららえていることが大きいような気がします。

患者のそばにいて、心停止に結びつく危険な兆候を察知できるのは、ベッドサイドにいるナース。

そこに着目したら、非心停止対応を突き詰めるPALSコースは誰のためのものなのか、見えてきます。

AHAコースはどれもそうなのですが、もともと米国の法制度の下、米国の流儀に合わせた標準化講習。それが日本にそのままマッチするわけがありません。だから、その意義付けや、日本での転用の仕方をインストラクターが受講者にメッセージとして投げかけることは重要ですが、医師が感じたPALSコース活用法がナースにフィットするとは思えません。

その点、ナースのファカルティ/インストラクターが開催するPALSコースは、なるほど! が多く、とても勉強になりました。

治療にフォーカスするのではなく、「気づき」の能力開発と体系的なアセスメントを身に付けることに主眼をおいたコース展開。


実はこの点では、PALSではなくPEARSプロバイダーコースがベターなのですが、そのコース展開も含めたナース主体のPALS運営。

そこに惹かれました。

ということで、小児専門家でもなんでもない私が、PALSインストラクターになっちゃおうかなと思った次第です。

最近、このブログもお休み気味でしたが、PALS展開を巡っては、熱く情報発信していこうと思います。


日本の小児救命ならびに、ナースのための急変対応の基礎概念が、JSISH-ITCのPALSから変わります。




posted by めっつぇんばーむ at 19:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | PALS/PEARS/小児
2013年10月06日

心肺蘇生法において学校の先生は「一般市民」じゃない

昨日もブログで取り上げましたが、小学校での心停止事例で、AEDを持ってきたのに使わなかったということで遺族が訴えを起こしています。

AED使わず学校で小5死亡、両親が市を提訴

 長岡市内の市立小学校で2010年10月、小学5年の次男(当時11歳)を亡くした両親が、「学校がAED(自動体外式除細動器)を使用すれば助かった」として、長岡市を相手取り、9186万円の損害賠償などを求める訴訟を新潟地裁長岡支部に起こした。
 訴状によると、男児は同月20日、昼休みにサッカーをするために校庭に出ようとしたところ、校舎の通路で左胸を押さえるように倒れた。教諭や校長が駆けつけ、人工呼吸や心臓マッサージなどで心肺蘇生を行った。倒れてから4分後、1人の教諭が校内に備え付けてあったAEDを持ってきたが、誰も使用しなかった。児童はその後病院に搬送されたが、約4時間後に死亡した。
 校長らは、事故の4か月前にAEDの使用法について救急講習会で受けていたという。両親は、AEDを使わなかったのは「故意、重過失による作為義務違反」と主張している。



このニュースを巡って、ネット上ではあれこれ意見が飛び交っています。

その主流を占めるのが、医療者以外が心肺蘇生をやってくれたならそれで十分。訴えるなんてケシカラン! 的な意見。

医療者などからも、せっかくここまで蘇生法やAEDが広まったのに迷惑な話、みたいな意見もかなり出ています。


でも私はそうは思いません。

みんな勘違いしているのは、学校の教職員が一般市民だと思っているところです。

違うでしょ?

見ず知らずの人を博愛精神で助けてあげましょうね、というのが市民にとっての心肺蘇生法です。

学校の先生たちは子どもたちを守る責任の下、業務の中で救護活動を行うんです。つまりプロとして救命する、しなくちゃいけない立場。

通りすがりの知らない人を助けるバイスタンダーCPRとはわけが違います。

ですから、そこには責任がついてきて当たり前。

記事によると「1人の教諭が校内に備え付けてあったAEDを持ってきたが、誰も使用しなかった」とあります。

この「使用しなかった」というのを額面どおり読んで「AEDの装着をしなかった」と理解するなら、心肺蘇生法のセオリーに反する行動であり、なぜ? を問われるのは当然です。

AEDを使えば助かったのかどうかは、わかりません。

でも、すくなくとも装着すべきAEDを装着しなかったのなら、そこに「なぜ?」が問われるのは当然でしょう。AEDがなかったのではなく、現場に持ってきていたのです。なのになぜ装着しなかったのか? もし装着しない理由があったのなら、それは明らかにされるべきです。

現行の蘇生ガイドラインに照らしても、適切な行動ではない。そこに疑問を感じるのは当然でしょう。訴えを起こしたその両親の行動を私は非難しませんし、むしろ支持します。訴訟の目的は事実を明らかにするため、そんなふうに私は理解しました。


今回の騒動が、市民向け蘇生法やAEDの普及に悪影響を与えるとか、真面目な顔で語るBLSインストラクターがいたら、私はその指導員の理解と認識を疑います。

一般市民の責任のない善意の行動の結果は免責される。それはこれからも変わりません。

もちろんどんな馬鹿げた理由であれ、誰でも訴える自由はあります。ですから、どんな正当なことでも訴えられるリスクはあります。でもそれを言ったら普通に道を歩いているだけでも訴えられるのと同じですよね。

今回は学校教職員という責任ある立場の人が、適正な行動をしなかった(新聞報道を見る限りの理解で)と言う点で、業務上の責任の話。市民の善意の蘇生行為へ影響を与えるものではありません。


第一、現行のJRC日本版蘇生ガイドライン2010を見ても、学校教職員は医療者と同じ小児一次救命処置(PBLS)を習得するべきと書かれています。そこをみても最初から一般市民とは区別されているんです、学校の先生たちは。

別の視点でみても、AEDを使う気満々の学校教職員は「一定頻度者」。であれば、そもそも市民向けの普通救命講習Iの受講じゃダメ。AED使用に関して4条件を満たさないと医師法違反を問われる立場なんです。そんなところでも一般市民じゃないことは明白。

くれぐれも冷静な判断を希望します。





posted by めっつぇんばーむ at 00:01 | Comment(2) | TrackBack(0) | PALS/PEARS/小児