2017年03月24日

「勇気ある行動」の報道 その影響

今日のテーマは「報道」です。

 ロンドン、死亡警官に人工呼吸  軍出身の英下院議員


 【ロンドン共同】22日に起きたロンドンの国会議事堂周辺での襲撃事件で、犯人に刺され、倒れて血を流す警官を助けようと、口移しで人工呼吸を試みた英下院議員に称賛の声が上がっている。

 外務政務官(中東アフリカ担当)を務める保守党のトビアス・エルウッド下院議員(50)。救急隊員が到着するまでの間、警官に付き添い、自らの顔や手に血が付くのも気にせず、胸に手を当てて人工呼吸を行った。警官は努力のかいなく死亡した。

 エルウッド議員は軍出身で、2002年のインドネシア・バリ島での大規模テロで兄弟を亡くしたという。





このニュースを書いた記者が言いたかったことはなんだったのでしょうか?



無我夢中でやったこと、なのかもしれません。

現場での判断と行動。立派だと思います。

しかし、それを報道に乗せる以上、社会的なメッセージとしての意味が生じます。

礼賛される=正しい行動

ではありません。

蘇生に関する国際コンセンサスや各国ガイドラインでも、CPRによって感染したという報告はほとんどなく、危険であるとする根拠はない、と言われています。

しかし、蘇生法の国際コンセンサスは論文ベースで作られているということは忘れてはいけません。

BLSのガイドラインとファーストエイドのガイドラインを見比べてもらえば分かる通り、プレホスピタルでデータが取りにくい部分では、そもそも研究されておらず、良いも悪いも判断するデータそのものがなかったりするのです。

そして、なにより蘇生科学という限られた世界の中では、「口対口人工呼吸が危険とはいえない」という結論になっても、より広範な医療の世界では、ユニバーサル・プレコーションとか、スタンダード・プレコーションが標準です。

医療現場で、医療者が患者に対して口対口人工呼吸を行えば、それはむしろ、不適切な事象、つまり医療事故といえるかもしれません。



賞賛は、ねぎらいの意味で、ご本人の周辺にとどめてほしいなと思います。


以前、大阪だったか、駅で心停止に陥った男性に対して口対口人工呼吸をした若い女性看護師を探しているという報道がありました。傷病者は嘔吐していたにも関わらず、それを顧みずにMouth to mouthをした勇気ある看護師という論調でした。

その後、その看護師が名乗り出たのかどうかはわかりませんが、バイスタンダーの立場だったとは言え、看護師という職業を考えたときに賞賛される行為であったのかどうかという点で、世論とご本人の受け止めは違っていることが容易に想像ができます。

自分の命を顧みずに電車の線路に侵入しての人命救助の報道。助かっても助からなくても礼賛。

かたや芸能人が無人駅のようなところで線路に入って写真を取って書類送検とか。

報道は、世論を形作り、論調を誘導するものです。

だからこそ、今回の報道スタンスが気になりました。




posted by めっつぇんばーむ at 23:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 市民向け救命講習
2016年07月03日

ニュース解説「救急車の到着遅れても…『心肺蘇生』で救命率2.7倍」…人工呼吸の重要性

6月30日、読売系のニュースとして「救急車の到着遅れても…「心肺蘇生」で救命率2.7倍」という記事がありました。

救急車の到着遅れても…「心肺蘇生」で救命率2.7倍


このニュースのソースとなったのは、金沢大学が6月20日に報道機関向け出した「救急車到着に時間を要する地区では人工呼吸を組み合わせて行う心肺蘇生の自発的実施が格段に優れた救命効果をもたらす!」(PDF:680KB)というプレスリリースです。

この研究は、ヨーロッパ蘇生協議会の機関誌に投稿されたもので、2007〜2012年の総務省ウツタインデータから「市民による心肺停止目撃193,914例」を解析した結果に基づいています。詳しくは上記プレスリリースを見てほしいのですが、金沢大学研究グループが報道機関向けに示す結論は下記の2点です。


過疎地域や高層ビル,交通渋滞の影響で救急隊到着に時間を要す場所で発生した院外心停止例では,近くに居合わせた市民が自発的に従来どおりの人工呼吸と心臓マッサージを組みあわせた心肺蘇生を実施した場合に,脳機能良好1か月生存率(1ヵ月後に自立した生活ができる状態で生存している割合)が他の心肺蘇生に比べ顕著に高くなる

市民に対して蘇生教育を行う立場の医療従事者に人工呼吸の重要性を再認識させるとともに,蘇生意欲を有し質の高い人工呼吸と心臓マッサージを実施できる市民養成とそのような市民を心停止発生現場にリクルートするシステム作りの必要性を示唆する結果となりました。



一言で言えば、「救急隊が到着するまで時間がかかるような場合は、胸骨圧迫だけではなく、人工呼吸も行ったほうが退院生存率が高かった」ということです。だから、「蘇生教育に携わる人は人工呼吸の重要性を再認識するように」ということを示しています。


これは考えてみれば当たり前の話です。

心停止に陥った人に対して心肺蘇生を行う目的は、体の重要器官(主に脳と心臓)に酸素を送り届けることです。胸骨圧迫によって、停まった心臓の代わりに血流を生み出して、血液中に溶け込んでいる酸素を脳細胞と心筋細胞に送り届けて、不可逆的な死を食い止めるというのがそのメカニズムです。

目の前で卒倒したようなタイプの心停止は、主に突然発症する不整脈が原因で、突然に心臓の機能が停止し、ほぼ同時に呼吸も止まります。

この場合、直前までふつうに呼吸をしていましたから、血液中の酸素飽和度は必要量が保たれています。ですから、ただちに胸骨圧迫を行えば、血中に溶け込んだ酸素が体の細胞に送り込まれます。ポイントは一刻も早く胸骨圧迫に着手すること。かつて蘇生法をABCという手順で教えていた時代では、人工呼吸の準備に戸惑うことで着手が遅れ、蘇生率が低くなっていた可能性がありえます。

ゆえに目撃された心停止では、人工呼吸はさておき、直ちに胸骨圧迫を行うことが推奨されます。これがAHAのいうところのHands only CPRであり、大阪のエビデンスが世界を変えた胸骨圧迫のみの蘇生法です。


しかし、すでにお気づきと思いますが、この胸骨圧迫のみの蘇生法が効果を発揮するのは、血液中に酸素が溶け込んでいる、というのが前提となっています。

目の前で卒倒した心停止者に対して胸骨圧迫のみの蘇生法を開始しても、救急車到着まで30分かかったとしたらどうなるか? 血液中の酸素はどんどん消費されていきますから、圧迫開始から数十分も経つ頃には血中酸素飽和度はゼロになる、というのは想像に固くありません。

圧迫により血液循環は保たれたとしても、そこに酸素が含まれていなければあまり意味がない、、、というのはお分かりいただけるでしょうか?

つまり、救急隊に引き継ぐまでに、時間がかかるようなケースでは、胸骨圧迫だけの蘇生法では追いつかないということです。

言うまでもなく、人工呼吸というのは空気中の酸素を肺胞を通して血液に溶けこませる作業です。

ですから、過疎地域や高層ビル,交通渋滞の影響で救急隊到着に時間を要す場所で発生した院外心停止例では人工呼吸と胸骨圧迫を交互に行う従来型の蘇生法が望ましい、というわけです。

つまり今回の報道は、蘇生科学のメカニズムでは自明だった点が、実データとして証明されただけ、といえます。概念としては新しいものでもなんでもありません。


今回、実証された例では、「市民により目撃された心停止」の経過時間に着目された研究ですが、同じように血中酸素飽和度に着目した場合、呼吸原性心停止が多い子どもの場合についても、すでに同様の実証データが出されています。


このことは、胸骨圧迫のみの簡易蘇生法の普及を阻むものではありませんが、少なくとも蘇生法を指導する立場の人が、単純に「人工呼吸は要らなくなった」と早合点したままで指導にあたるのは良くないと思います。

インスタント学習法でいいのは、市民の立場でバイスタンダー対応する人だけであって、少なくとも医療者や救命法指導員は、心停止と蘇生法のメカニズムを理解した上で、対象に合わせた指導をおこなうべきです。

つまり都市部の住民に行う救命講習は、胸骨圧迫のみの方法でいいかもしれませんが、救急車がないような離島での救命講習が同じでいいのか? プールの監視員向けのCPR講習がコンプレッションオンリーでいいのか? 子どもを預かる幼稚園の先生向け講習がAEDと圧迫だけでいいのか、など考えていく必要があります。

最大公約数的な蘇生教育も必要ですが、助けたい誰かが明確な場合は、そこにフォーカスして助かる可能性が最大限になるような救命法指導を行っていきたいものです。




posted by めっつぇんばーむ at 12:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 市民向け救命講習
2013年10月02日

AED作動しない事例続発

CB News「AED作動しない事例続発、維持管理徹底を- 厚労省が都道府県に通知」
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/41004.html より抜粋引用)

「北海道管区行政評価局が、札幌市内の社会福祉施設やホテル、百貨店などの計125施設を調査したところ、適切な管理が行われていたのは、15%にすぎなかったという。
 こうした指摘を受け、厚労省がAEDの製造販売業者にアンケート調査を行ったところ、設置責任者の認識不足や担当者の交代などの理由で、維持管理が適切に行われていないことが判明した。
 厚労省は「製造販売業者は適切な管理を補助するサービスを提供しているが、十分には利用されていない」と分析し、AEDの不具合を防ぐためには、管理者の意識の向上が不可欠と判断。各都道府県に対し、AEDの管理者が消耗品の交換などの維持管理を行うよう周知徹底を要請した。」




都道府県など、行政機関へ国が是正通知を行うのはわかりますが、民間企業等が任意で設置したAEDに関するスタンスには疑問を感じます。

暗に設置企業の担当者や販売業者に責任を転嫁しているように読み取れますが、国として販売や設置の規制や条件設置を行わないのでしょうか?

こういう介入、結果的には悪いことではないのですが、国としての責任を果たしていますか? という点がすごく気になります。

2004年7月の市民AED使用解禁の時から感じてましたが、そのうち、企業はAEDの設置をやめるとか、あえておかないというところが増えてくるはずです。

良かれと思って公共用にAEDを配備したはいいけど、維持管理にお金かかかるし、職員の訓練は定期的に必要だし、ヘンに使われて消耗品代をどうするとか、訴訟に巻き込まれたりとか、、、

国が適正に規制するなり設置基準や規定など、積極的に介入しないと、せっかく米国以上にAEDが広まったのに、廃れていく気がしてなりません。




posted by めっつぇんばーむ at 08:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 市民向け救命講習
2010年05月05日

ハートセイバーAED開催数が少ないホントの理由

せっかく日本語DVDとテキストまであるのに、なんでハートセイバーAEDコースを開催しないのでしょう?
 > 日本のAHA-BLSインストラクターたち

日本の大半のBLSインストラクターには、個人講習開催の権限が認められていないようなので、いわゆるサイト長さんやコースディレクターさんたちに問いたいです、、、、

なんで、できてあたりまえの医療者ばかりBLSを教えていて、市民啓蒙活動をしないの??

Family &Friends CPRは日本語版がありませんから、「できない」という言い訳もできますが、ハートセイバーAEDに関しては言い逃れはできません。

できない、のではなく、やらない、のです。


なぜやらないのか?

「募集しても人が集まらない」

よくそんな意見を聞きます。まあ、確かにそれはあるでしょう。そもそもハートセイバーAEDコースがターゲットとしている「職業義務としてのCPR」を自覚している市民が少ないし、国もそれを制度化していないから。

でもだったらハートセイバーAEDコースのコンセプトを広く啓蒙して、CPR習得義務のある職種、というのを日本に根付かせる努力をしてもいいのでは?

AHAの理念を理解して、自ら志願してBLSインストラクターをしているのであれば、自然とそういう発想になるのでは、と思うのですが。(米国AHAは医療者専門教育団体ではありません)

そもそもアメリカ教材を日本で使うのだから、溝がが生じるのは当たり前。そのギャップを埋めるのが日本で活躍するAHAインストラクターの使命といえます。


現実問題、私のところではハートセイバーAEDコースを公募して人が集まらないということはありません。むしろ、次回はいつですか? と問い合わせが多いくらい。

消防が行っている普通救命講習とか日赤の基礎講習のつもりで、ハートセイバーAEDを広めようとしていたら、そもそもの間違い。

料金が違いますから。

かたやほぼ無料、かたや1万円近く。

AHAインストラクターでも、受講料設定を自由に決められる立場の人だったら、最低限の実費でやるというのもひとつの手です。

でも、そこまで妥協しなくても、ターゲットをきちんと絞ってPRすれば、受講者は集まります。

市民の中にも質を求める人はちゃんといます。

なにより、学校の先生とか、プールの監視員とか、業務として蘇生って、ボランティア精神からの蘇生とは違いますよね。その違いを認識している人たち。


結局、ハートセイバーAEDコースに受講者が集まらないというのは、インストラクターがハートセイバーAEDコースの価値をわかっておらず、マーケティングができていないんです。

考えてみればヘルスケプロバイダーコースに関しては、マーケティングなんてことは考える必要はほとんどありません。それ自体、某ITCのおかげで確立していますし、医療者が受講者で有料でも参加するという必然性も最初からあるものですから。

自分自身がAHAに限らず救命講習を企画開催するようになって、勉強したのは宣伝戦略。宣伝というと商魂っぽいですが、要はマッチングです。

求めている人と提供できる人が出会える仕組み、といったらいいでしょうか。

それなしでもうまくいくヘルスケアプロバイダーコースというのはある意味、特殊です。
で、その特殊をあたりまえと思っちゃダメ。

日本でおそらく1万人以上のBLSインストラクターがいて、コースディレクターと呼ばれるBLSコースを開催できる権限を持ったインストラクターが数百人いても、ハートセイバーAEDコース開催に関わったことがあるインストラクターはほんの一握り。

結局のところ、お金なんじゃない? と私は思っています。

実はヘルスケプロバイダーコースもハートセイバーAEDコースも、所要時間はあまり変わりありません。バックマスクがいるかいらないかというだけで機材もほとんど変わらない。

つまりヘルスケプロバイダーコースをやってもハートセイバーコースをやってもかかるコストは一緒。

同じ機材で同じ時間をかけてやるなら、そりゃ受講料を高く設定できるヘルスケプロバイダーコースの方が主催者としては儲かるよね。。。。

運営者の裏側では、そんな計算が働いているのでは、、、

と勘ぐってしまいます。


非営利とはいえ、運営を維持するためにはランニングコストが必要。

カツカツでやる必要はないと思いますが、それにしても、ハートセイバーAED講習の開催数、少なすぎ!


人が突然の心停止に陥る場所として多いのはどこだか知ってますか?

病院ではないんです。多くは家庭や職場。

そんないつどこで起きるかわからない事態に備える人を増やすために必要なのが、市民向け心肺蘇生法講習です。



さて、全国のAHA-BLSインストラクターの皆さん、どう思いますか?

(と、爆弾を投下してみました)




posted by めっつぇんばーむ at 04:31 | Comment(2) | TrackBack(0) | 市民向け救命講習