2019年09月16日

応急救護、責任を問われる人と問われない人

心肺蘇生法は、結果がどうであろうと責任は問われません。

という話をよく聞きます。


一般市民向けの救命講習の中で聞くのであれば、いいのですが、これをインターネットのSNSで発信すると少しおかしなことになります。

だって、現実問題、救護活動を巡っての裁判、よく起きてますよね?

賠償金いくらという民事裁判だけでなく、業務上過失致死疑いでの送検も珍しくありません。(送検というのは警察が刑事責任ありと判断して、裁判準備を進めるために検察に移管することです。裁判結果によってはいわゆる前科になるやつです。)



大分の給食死亡事故 支援学校の元校長ら書類送検



大分県別府署は5月7日、業務上過失致死の疑いで県立特別支援学校の元校長ら4人を書類送検した。同校の当時17歳の女子生徒が2016年9月15日に、給食を喉に詰まらせ死亡した事故をめぐり、女子生徒の両親が告訴していた。

送検されたのは当時の校長、担任教諭、養護教諭ら4人(うち1人はすでに退職)。容疑は担任教諭が見守り業務を怠ったほか、養護教諭らが適切な応急措置を取らず、校長がそれらの監督指導をせずに、女子生徒を窒息死させた疑い。女子生徒は担任教諭が席を立っていた間に床に倒れ、救急搬送されたが、翌10月2日に死亡した。調べに対し4人は容疑を認めているという。(教育新聞 2018年5月7日)


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心肺蘇生や応急手当て、救護活動を巡って責任を問われないなんて、嘘じゃん! って思いません?

それでも、応急手当てのインストラクターさんたちは、今日も「訴えられません、大丈夫です。勇気を持って行動して!」と喧伝しています。

さて、この点を私たちはどう理解したらいいでしょうか?


話は簡単。

安全管理に注意義務がない人は責任を問われないのに対して、注意義務がある人は実施内容(実施しないことも含めて)に責任が発生するということです。

たまたまその場に居合わせた一般市民が善意で救護にあたった場合、その過誤については問われないことが刑法と民法で規定されています。

当たり前ですよね。

足を止めて、手を貸してくれただけでもありがとう! という世界です。


しかし、学校教職員や施設警備員、スポーツインストラクターのような、その場の安全管理に一定の責任ある立場の人が、しかるべき行動をしなかったら、業務上の注意義務違反を問われる可能性は高いと言えるでしょう。

また、実施した内容についても、通りすがりの立場の人よりは高い水準を求められるのも否めないでしょう。

備えている立場なのですから。



一般市民向け救命講習の中で、「責任は問われません。自信がなくてもいいから、勇気を持って一歩踏み出して!」ということはアリとしても、学校教職員向け講習で同じように言ってしまうのは問題。

むしろ「責任が問われる可能性は否定できません。ですから、自信が付くまでしっかり練習をしましょう」というべきでしょう。


応急手当指導員の皆さんは、この違いをきちんと認識しているでしょうか?


まだ、誰が見ているかわからないSNS上で、対象を限定せずに、心肺蘇生法は実施責任を問われない、と喧伝するのも、不幸な事故を招きかねないという点で、危ないなぁと思って、見ています。


いずれにしても、「救命できなければ」責任が問われるという言い方は適切ではないと思います。

基本的に助からないのが普通ですから。救命できることのほうが稀です。

助からないという結果ではなく、状況・立場の範囲内できちんと準備がされていたか、取るべき行動を取れていたかが焦点となります。

最善を尽くしました、と言えるかどうか。

備えがなければ、その時点ですでに誠実さに嫌疑がかかり、ほぼ負けが決まっています。




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