倒れている人を発見して、呼吸を確認するときは「自発呼吸の有無」を診るのではありません。「正常な呼吸」をしているかどうかを確認します。
それは心停止後の数分間に起ることがあると言われる「死戦期呼吸」を見逃さないための重要なポイント。
「死戦期呼吸は正常な呼吸じゃありませんからね〜。それを見たら呼吸なしと同じ扱いですからね」
なんて話はするのですが、はたして十分に受講生に伝わっているのか、いつも自信がありません。
確かガイドライン2000のときのHCPのDVDでは、死戦期呼吸のデモンストレーションというか見本がしっかり映し出されていた記憶があります。でも今のG2005版だと、ビデオを流すだけではさらっと一瞬で流れてしまってわかりにくいんですよね。
そこで私がリードをするときは、DVDを停めて補足説明をするようにしています。トレーニングサイトの中に、死戦期呼吸のマネがうまいインストラクターさんがいるものだから、いつもその人に実演してもらったりしています。(いい加減、私自身がマネできるように練習をしろ、という話もありますが)
さて、「下顎呼吸」とか「あえぎ呼吸」と言われることもある死戦期呼吸ですが、これがいったい何なのかという点は、ガイドラインを見ても通り一遍のことしか書いておらず、私自身よく理解していなかったというのが正直なところです。
これが実はいろいろ深い事情をはらんでいるようで、自分の勉強がてらここで少し取り上げてみたいと思います。
死戦期呼吸は哺乳類で見られる低酸素時の呼吸反応のひとつです。
低酸素になると、
1.呼吸の促迫
2.呼吸停止
3.喘ぎ様の呼吸が出現
4.再び呼吸停止、そして死へ
という流れを取るんだそうです。言うまでもなく3番目が死戦期喘ぎ呼吸です。
なぜこうした反応が起るかは現在も検討中ではっきりしたことはよく分かっていないみたい。
動物実験では心停止時にほぼ100%出現するそうで、人間の場合、臨床的には40%以上の喘ぎ呼吸が出現すると考えられています。
てっきり私は死戦期呼吸は呼吸のように見えるだけで、ガス交換という意味での呼吸効果はないものだと理解していたのですが、どうやらそうでもないようです。
ブタを使った動物実験結果では、「人工呼吸なしでも死戦期呼吸によって分時換気量は4リットルを超えPaCO2もわずかな上昇を認めるのみで、酸素投与下ではPaO2は100torr以上を維持した」そうです。さらにそれは心拍出にも関係していて、死戦期呼吸で胸腔内圧が変化することで心臓を圧迫/弛緩させて正常の60%もの一回拍出量を得たのだとか。
心停止後であっても、死戦期呼吸の間は呼吸も循環もある程度維持されている。
このことから死戦期呼吸が目撃された場合に、適切にCPRが行なわれれば蘇生率は高いと言えます。
ただしガイドライン2000の頃から問題視されていたのは、死戦期呼吸を正常な呼吸と見誤ってCPR開始のタイミングを逸してしまうという点。
市民にとっては「かろうじて呼吸をしている」「つらそうで努力様の呼吸をしている」「大きな音を立ててあえぐ呼吸をしている」と表現するようです。
正常でない呼吸をどう見分けたらいいか、しっかり伝えるのはなかなか難しいです。
死戦期呼吸は心停止後に4分程度は継続するだろうと言われています。この間に適切にCPRを開始すれば、蘇生率はかなり高いと言えるのですが、もうひとつの問題はAED。
下顎呼吸による体動のノイズやインピーダンス変化を検知するとVF波形であってもAEDはショックの適応とはならない、つまり下顎呼吸の次の状態である完全な呼吸停止になるまでは除細動ができないということ。
救命処置がもっとも有効な状態であるにもかかわらず、救命処置が遅れるという皮肉な結果になってしまうわけで....
死戦期呼吸には一筋縄ではいかない複雑な問題がたくさんはらんでいるようです。
ちなみに今回の話の情報ソースは、今日買ってきたばかりの 『救急医学』誌2007年9月号 からです。最初は立ち読み&病院の図書室でコピーすればいいやと思っていましたが、特集が「救急蘇生ガイドライン 課題と展望」ということで、ガイドライン2010を踏まえた見逃せない話題が盛りだくさんだったので、興奮混じりに思わず自腹で買ってしまいました。
巻頭を飾っていたのは「胸骨圧迫のみの心肺蘇生」という記事。あのLANCET誌に掲載されたSOS-KANTOの長尾建医師による日本語記事でした。もしかしたら日本語論文としては初?
今月号の「救急医学」誌 ― あまりに盛りだくさんな特集だったので、また今度、ここで取り上げようと思います。
私も買おうかな。紹介ありがとうございました。
ちなみに、私は死戦期呼吸は教えなくても良いんじゃないかな、、、、と思っています。変な呼吸をしていたら人工呼吸と教えれば良いんですから、、、、教える事はどんどん少なく!です。
確かにめっつぇんばーむさんのおっしゃるようにここの理解は医療従事者でも難しいですよね。うちのサイトではいつも解説をしてくださる先生が物まねしてます。kimさんのおっしゃるように“変な呼吸をしていたら人工呼吸”がわかりやすくてよいですね。今度からわたしもそう説明しようと思います。
昨日のわたしのブースにはテンションの低い30歳代の女性、わたしと同年代のお母さんとお母さんに連れられて参加した小学6年生の男子がいたのですが、三人とも反応があまりなく、こちらのペースに引き込むのに、久しぶりに苦労しました。
最後の方では笑顔も見られ、質問もしてくださったのできっと何か得るものはあったかなと思いましたが・・・。自分ちの子どもたちも、学童クラブや子どもたちの学校の同級生たちも割と社交的で、初対面の人でもすぐに打ちとけて普通に話せるので、あまり考えたことがなかったのですが、子どもさんを相手のインストラクションも難しいなあと思いました。
目次見たら読めそうだったので・・。
ちょっと無理があるかもしれませんが、目を通してみようと思います。
どんな講習会にしても「つかみ」は重要、だけど難しいですよね。
こればっかりは経験なのかも。
子ども相手に教える経験も私はありませんし、きっとAHAコースだけだとそんな機会もなかなか無いでしょうし、応急手当普及員の資格をとってもうちょっと活動の幅を広げてみたいなと思ってます。
Ricoさん、「救急医学」誌、注文されたんですね!
完全な医学誌なのでちょっと取っつきにくい部分はあるかもしれませんが、きっとRicoさんにとっては興味があることが盛りだくさんのはず。私自身は、この雑誌は次のガイドラインが落ち着くまでの向こう数年間に渡って活用していくような内容だと思っています。きっとRicoさんも1-2年後に改めてこの雑誌を見たときに、解る部分がすごく増えていることにご自身でもびっくりすると思いますよ。
(『十分に解明されたとは言えないが』との前提で)
死戦期呼吸は致命的低酸素に対する代償性過換気に続く低酸素性無呼吸ののちに現れる。吸息相は腹式の早く短い呼吸パターンで、これに声門を広げることが目的と考えられる強い下顎呼吸や肩呼吸を伴う為、如何にも苦しそうに見える。呼息相では呼息早期の呼気流調節が欠如する為、吸息相が途絶したような印象を受ける。呼吸数は除々に減少し完全な呼吸停止となる。死戦期呼吸は吸気を得る為の最後の代償機序と考えられ、致命的な低酸素状態だが、適切な換気補助と処置が実施されれば呼吸中枢機能は回復し循環も改善する可能性がある。
・・・というものです。諸説あるとは思いますが、参考にしていただけるところがあれば幸いです。
私は『2000』時代にHCPコースを受けたんですけど、DVDの女の子がやってくれた死戦期呼吸(の演技)を思い出します。受講者だった時のことを考えると「途切れ途切れの喘ぐような呼吸」を映像で見れたことは、それまで本物を見たことのない私には良かったです。ただ、私もKimさんの【変な呼吸をしていたら人工呼吸】はシンプルで分かり易く「その通りだよなぁ」って感じました。
この説明、わかりやすいですね。ここまで受講生に突っ込んで質問されることはあまりないとは思いますが、インストラクターとしての「余裕」のためには必要な知識だと思っています。10のことを教えるのに10のことしか知らないのではいっぱいいっぱいになっちゃいますからね。ありがとうございました。
リンクしてもよろしいでしょうか。古い記事なので、まずいようでしてたら、連絡いただければ削除いたします。
死戦期呼吸は、2017年8月5日新潟県の高校の女子マネジャーの事故で知りました。3年前の地域消防署の市民向け上級救急救命講習では、特に話は記憶していません。説明ありがとうございました。
死戦期呼吸をYouTubeで探したところ、講習会向けビデオでの演技や、海難事故の実際の映像が見つかりました。症状には幅があるようで、事前に知ることが出来てよかったです。
次に上級救急救命講習を受ける際に、講師に確認してみます。