
都、「バイスタンダー保険」全国初の導入へ 市民に救護促す
2015/1/9 13:52 (日本経済新聞 電子版)
東京都は9日までに、救急現場に居合わせた人(バイスタンダー)が応急手当てをした際、傷病者に誤ってケガをさせた場合の治療費を補償する「バイスタンダー保険」を来年度から導入する方針を決めた。手当てに当たった人の負傷なども保険の対象とする。都によると、自治体が同保険を採用するのは全国で初めて。
いっけん望ましい制度のように受け止められがちですが、深刻な問題をはらんでいる「事件」に思えます。
これまで私たち救命法のインストラクターは、「一般市民が偶発的に善意で行う救命・救護処置では、結果や相手にケガをさせる事態になっても責任を追求されない」というスタンスで教えてきました。
その根拠は、民法第698条「緊急事務管理」と刑法第37条「緊急避難」にもとづいて、「市民が救急蘇生を行っても刑法上は、緊急事務管理または緊急避難が成立して違法性が阻却される可能性は高いと考えられる」とJRCガイドライン2010(日本の救急法の原点)に書かれているとおりです。
これまでも、米国のような「善きサマリア人の法」を制定すべきだという議論はなんども起きてきました。しかし、その度に、上記のように、日本では既存の刑法、民法のレベルですでに市民救助者は免責されているから、米国と違って新たな法制度を作る必要はないという言われてきました。
この前提で私達はやってきたわけで、それが正しければ、「傷病者に誤ってケガをさせた場合の治療費を補償する」保険なんぞは必要ないわけです。
それが、今回、東京都という行政がバイスタンダー保険なるものを提唱しているという事実。
それを私達はどう理解したらいいのか?
やっぱり、応急救護で失敗したり、ミスしたら責任を負わされるんじゃん!
ってことになりませんかね?
これ、いままでの救急法の基本前提を覆す由々しき事態だと思いませんか?
これを推進した場合、善意の応急手当であっても責任追及されるというのが前提となり、バイスタンダー保険に入っていない人は応急救護には関わらないほうがよい、という社会構造が定着することになりかねません。
これが学校の先生とか、スポーツインストラクターなら話はわかります。
でも学校の先生やスポーツインストラクターは、通りすがりの一般人、つまりバイスタンダーとは違います。
このあたりを守る保険というならわからなくもないのですが、バイスタンダーという表現は望ましくないと思います。そもそも学校の先生とかは、ふつうの傷害保険の特約でこのあたりはカバーされているはずです。
今回、このような報道がありましたが、バイスタンダー保険に相当するものは、任意の傷害保険としてはもともと存在しているわけで、この報道が示したものは、バイスタンダーであっても責任を負わされるぞ、というメッセージだけに思えてしまいます。
この先の動向を追っていきたいと思います。
なお、今回、東京都が導入を決めた論拠となったのは、東京消防庁のホームページで公開されている、
東京消防庁救急業務懇話会答申書
「バイスタンダーとして、誰もが安心して救護の手を さしのべるための方策はいかにあるべきか」
http://www.tfd.metro.tokyo.jp/kk/kk_31.pdf
と思われます。
これを読むと、ケガをさせたときの法的責任はすでに免責されているという点はきちんと示されていて、むしろ、救護によって救助者自身がケガをしたとか、血液感染病原体に感染したとか、そういうあたりに主眼が置かれているように読み取れます。
また要救助者にケガをさせてしまった場合に関しては、民事訴訟が起きた場合の裁判費用の負担補償が言及されています。(まあ、訴える自由は誰にでもありますからね)
それが報道の段階で、本来はおまけ的だったかもしれない「傷病者に誤ってケガをさせた場合の治療費を補償する」が前面にでてきて、中身がニュアンスとして入れ替わってしまったような印象を受けます。
報道バイアスみたいな部分もあるのかなという気がします。
少なくとも、救急法を考えうえで、責任のある市民(学校教職員や保育士などの職業人)と、一般市民(通りすがりの人)を区別していないことが混乱の大本なのはありそうです。
今回の議論でこのあたりが整理されるといいなと思っています。