私のインストラクター・デビューはAHAのBLSインストラクターになったのは始まりでした。確か2007年くらい。ライセンスを取ってから半年くらいでいわゆるコースディレクター、つまり独立開催が認可されて、以後、主に一人で活動しています。
最初は勤務先の病院内で、同僚から希望があれば受講者一人とか二人のミニコースで、ひっそりとライセンス発行コースを開催していました。それがやがて口コミで広まり、他部署の知らない人からも頼まれるようになり、2008年暮れは麻酔科医師も巻き込んでチームを作り、組織的な院内BLS教育が始まりました。
その後、BLSインストラクターは延べ人数13人、ACLSインストラクターは4人、それぞれファカルティもいるため、インストラクターを自前で養成して、今では病院自体がトレーニングサイト的な感じで活動しています。
このように、BLS/ACLSに関してはとても理想的な環境で職員にトレーニングができている全国的にも恵まれた環境だと思うのですが、病院の患者安全対策としては、それで十分なのかというと、必ずしもそうはいえません。
このスライドは、今年の新人看護師の研修で使ったものです。
心停止になったら、胸を押す、それは一般市民レベルでもやっていること。
病院での緊急対応がそこからスタートでいいのでしょうか?
心停止のうち、致死性不整脈である心室細動は前触れもなく突発的に起きることもあります。
しかし、心筋梗塞が原因の心室細動や、その他の命を落とす事態、呼吸不全やショックは、必ず予兆があります。
患者さんからの危険信号を察知して、心停止になってしまう前に食い止める、それが医療機関での救急対応の始まりじゃないでしょうか?
医師にとっての急変対応は心停止からでいいかも知れません。コードブルーなどで呼ばれてきたときにはすでにBLSが始まっているというパターンが多いでしょうから。
しかし、ナースは違います。
患者さんのそばにいて、その変化に気付けるのは看護師をおいて他にいないからです。
ナースが気付かなければ、急変は心停止から、となってしまいます。そして皆さんよくご存知のように、一度心停止になってしまうと、予後は決していいものではありません。
つまり、心停止にさせてしまったらおしまいで、それを防げるのはナースをおいて他にいない、ということなのです。
そこでこの4月から、私の病院の院内患者安全研修に新しいラインナップが加わりました。
それが日本医療教授システム学会の「患者急変対応コース for Nurses」。
これは心停止以前のいわゆる急変の兆候に気付いて対処しようというコンセプト。通称、KIDUKIコースとも呼ばれていて、何かおかしい! と思った直感を深めて、明文化、分類して、応援を呼ぶ、医師に指示を求めるなど、実臨床で明日から使えるプログラムです。
BLS/ACLSは防災訓練と一緒で、いざというとき用で、使う機会がない方がいいものといえるかもしれませんが、「患者急変対応コース for Nurses」は急変に限らず、患者さんの日々の状態観察ですぐに使える内容という点で、他と一線を画する内容かも知れません。
これでようやく、院内の急変対応教育のパズルがすべて埋まりました。
気づき → BLS → ACLS
これらは集合教育として行われている基礎講習です。AHAのACLSも含めて。
次の課題は、これらで身につけた基礎スキルを実際に使えるパフォーマンスに昇華するための、シミュレーション・トレーニングです。
これは集合教育として講習会場で行うものではありません。
各部署ごとに実際の現場で実際の道具を使って行う模擬訓練。私がいる手術室では行なえているのですが、他の部署ではどうするか?
このあたりが院内患者安全体制を確立する上で大きな問題です。
この点、日本有数のシミュレーションラボセンターを抱える虎ノ門病院では、救急リンクナースという制度 を作って取り組みを始めているようです。
つまり、蘇生や急変対応のインストラクターは病院の中に数人いるだけというのでは不十分で、各部署に一人は必要だということです。
インストラクターは集合基礎教育だけではなく、部署内でシミュレーション訓練を企画し、部署ごとの問題点を抽出して改善する、また実際の急変事案が起きたときは事後の振り返り、つまりデブリーフィングの機会を作り、次回への向けての学びや共通認識を作り上げる。
そうしてこそ、初めて病院としての緊急対応教育/体制が確立するのではないでしょうか?
私の病院でもまだまだ途上。
各部署に一人インストラクターの視点を持ったスタッフを配置するためには、今のような有志の自主的な参加ではなく、委員会としてきちんと病院からの任命が必要です。
病院上層部にどのように理解を求めて働きかけるか? またその必要性をPRするか。
このあたりはインストラクターとしての情熱だけではやっていけない部分かもしれません。高度に政治的、策略的なネゴシエーションが必要です。これはまたインストラクター・コンピテンシーとは別の部分。
インストラクターがインストラクターとして、その能力を病院という組織の中で発揮するのは意外と難しいのが現状。
残念ですが、蘇生インストラクターが存分に活動するためには、BLS/ACLSのインストラクションだけではなく、非心停止対応や、オリジナルシミュレーションを組み立てるための教授システム学、さらには組織へ働きかけを行うネゴシエーションなど、幅広い勉強が必要そうです。
2012年08月06日
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