厚生労働省の検討会が、保育士や看護師がエピペンを処方された本人に代わって注射をすることを容認する方向で合意して、年内には正式なガイドラインを作成し、全国の保育所に通知するとのこと。
これまでエピペンは処方された本人が自分で注射をするのが原則でした。
ショック症状がすすんでしまった場合、自己注射が困難な場合もありますが、その場合、家族ならともかく第三者が代りに注射をしてあげることは医師法違反とされていました。
それが平成21年3月には、救急救命士は本人持参のエピペンを代りに注射することが容認されて、さらに平成21年7月には学校教職員も使って構わないという見解が出されていました。
○平成21年3月2日 「救命救急処置の範囲等について」の一部改正について (医政局指導課長通知) アナフィラキシーショックで生命が危険な状況にある傷病者があらかじめエピペンを処方されている場合、救命救急士はエピペン使用が可能
○平成21年7月6日 医政局医事課長宛に文部科学省スポーツ・青少年学校健康教育課長より「医師法第17条の解釈について」の照会 その場に居合わせた教職員が、本人が注射できない場合、本人に代わって注射することは、反復継続する意図がないと認められるため医師法違反にならない
それに続く第三弾として、今回は保育士と看護師の名前が挙がっています。
今回の検討会では、主に保育所でのエピペンの扱いが焦点だったようです。
いくら本人が自己注射をするものと言っても、保育園児(〇歳〜六歳)には無理な話。近くにいる大人(保育士)が代りに打たなければどうしようもない状況だったわけですから、早い時期にこのように決まって良かったです。
まとめると、緊急時にエピペンを本人に代わって使用できるとされているのは、医師免許を持つ人と保護者・家族を除くと下記の人たちです。
1.救急救命士
2.学校教職員
3.保育士
4.看護師
これら以外の人はどうなのかというと、グレーとしか言えません。
学校教職員がエピペンを使っていい理由としてあげられている根拠は下記の通りです。
文部科学省スポーツ・青少年局学校健康教育課長が厚生労働省医政局医事課長に対して下記の質問状を送った。
「医師法第17条の解釈について(照会)|アナフィラキシーショックで生命が危険な状態にある児童生徒に対し、救命の現場に居合わせた教職員が、アドレナリン自己注射薬を自ら注射できない本人に代わって注射することは、反復継続する意図がないものと認められるため、医師法第17条によって禁止されている医師の免許を有しない者による医業に当たらず、医師法違反にならないと解してよろしいか。」
その回答は下記のとおり。
「医師法第17条の解釈について(回答)| 平成21年7月6日付21ス学健第9号にて照会のありました標記の件については、貴見のとおりと思料します。」
これだけなんです。
要点だけを抜き出しますと「教職員は注射を反復継続する意図がないから医師法違反とならない」ということです。
ややこしい話ですが、医師法は医師以外の「医業」を禁じる法律です。で、その医業の定義は「医行為を反復継続する意図を持って行うこと」と理解されていますから、反復継続の意図がなければ、素人が注射をしようが傷口を縫い合わせようが医師法違反にはならない、というのが法律上の解釈。
もともと医師法は商売としての偽医者を規制するための法律ですから、上記のように単発の医療行為は関知しないちょっと妙なロジックになっています。
話は戻しますが、学校教職員が反復継続する意図がないから医師法違反ではないという理屈からすれば、その主語は例えば「通りがかりの市民」でも「旅行添乗員」でも筋は通ります。
ですから、学校教職員が使っていいのであれば、基本的に市民の立場の人であれば誰でもエピペンを使える、と私は理解しています。
ただ、誰もそういわないのは、違法にならないという後ろ盾がないからです。
少なくとも先ほど列記した4職種は、エピペンを使って構わないという政府機関の承認が得られている。(現時点、保育士と看護師はまだ公示されてませんが)
でもそれ以外に関しては、確かめた人はいないし、裁判で有罪となった例も無罪となった例もない。だから何とも言えない、というのが現状。
おそらく学校教職員ではない第三者がエピペンを注射したところで、違法生は問われず、起訴もされないでしょう。
でもそう保証できる人がいないから、当たらず障らずで確実な4職種だけのことが言われるわけです。
救急法講習の指導員や、日々鍛錬を重ねている志の高い市民救助者の中には、応急処置として自分がエピペンを使っていいのか、と疑問に思っている人は少なくないと思います。
そんな方達へは、
「エピペンと法規制の勉強をして、そのロジックをしっかりと理解した上で、使うか使わないかは自己責任で判断してください」
というのが最終メッセージ。
もちろん、エピペンの正しい使い方と、その後の管理(時間の記録や救急要請、様態の観察の仕方)、エピペンの危険性と副作用といった知識と技術があることは前提のうえで、です。
学校教職員や保育士など、行政の後ろ盾がある人たちは、そのガイドラインに従って迷わず行動すればOKです。
以下、参考情報:
『急性アレルギー 注射可 保育所の保育士ら』
〜東京新聞 2010年12月1日 夕刊 社会面
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2010120102000189.html
厚生労働省の検討会は三十日、保育所がアレルギー疾患の児童に対応するための初のガイドラインに大枠で合意した。
食物などが原因で、息苦しくなって意識が低下するなどの症状が出る急性アレルギー反応アナフィラキシーショックについて、児童が前もって預けておく自己注射を保育士や看護師らが打つことができるとする初めての見解を示した。
ガイドラインは年内に正式にまとめ、全国の保育所に通知する。
検討会によると、二〇〇八年度の一年間に全国の三割の保育所で、アレルギーが出る食物を誤って食べる事例があった。
文部科学省の調査では、〇四年の小学生の食物アレルギー有病率が2・8%なのに対し、保育所では4・9%と高く、命にかかわる場合もあるアナフィラキシーショックの危険性が指摘されていた。
ガイドラインでは、食物アレルギーや気管支ぜんそく、アトピー性皮膚炎などについて、症状や特徴を記載。避けるべき行動と、発作が起きた時の対応などを示す。
〜東京新聞 2010年12月1日 夕刊 社会面
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2010120102000189.html
厚生労働省の検討会は三十日、保育所がアレルギー疾患の児童に対応するための初のガイドラインに大枠で合意した。
食物などが原因で、息苦しくなって意識が低下するなどの症状が出る急性アレルギー反応アナフィラキシーショックについて、児童が前もって預けておく自己注射を保育士や看護師らが打つことができるとする初めての見解を示した。
ガイドラインは年内に正式にまとめ、全国の保育所に通知する。
検討会によると、二〇〇八年度の一年間に全国の三割の保育所で、アレルギーが出る食物を誤って食べる事例があった。
文部科学省の調査では、〇四年の小学生の食物アレルギー有病率が2・8%なのに対し、保育所では4・9%と高く、命にかかわる場合もあるアナフィラキシーショックの危険性が指摘されていた。
ガイドラインでは、食物アレルギーや気管支ぜんそく、アトピー性皮膚炎などについて、症状や特徴を記載。避けるべき行動と、発作が起きた時の対応などを示す。
【厚生労働省会議資料】
○2010年7月12日 アレルギー対応ガイドライン作成検討会(第1回) 議事要旨
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000lzvu.html
○「アレルギー対応ガイドライン作成検討会(第2回)」の開催について
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000wsga.html
○「救急救命処置の範囲等について」の一部改正について(依頼)
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/1291673.htm
(厚労省への問い合わせと回答の内容が含まれています)
○保育所におけるエピペンの使用について(PDF)
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000m0zv-att/2r9852000000mcs4.pdf
【追記】2013年12月8日
その後、厚生労働省から平成23年(2011年)3月に「保育所におけるアレルギー対応ガイドライン」(PDF)が発表されました。この中で、保育所職員のエピペン代理注射が医師法違反にならないことは示されていますが、そこに保育園職員として採用された看護師が該当するのか、また保育所職員以外の看護師の扱いについては明示されていません。
2010年12月の新聞報道によれば、保育士と看護師のエピペン注射が容認されるような印象を与える記事でしたが、正式なガイドラインでは看護師という立場については言及されていない点に注意が必要です。
今回も焦点となっているのは、医師法違反に当たるかどうか? です。
すでに説明したとおり医師法は「医行為を反復継続の意思を持って」行ったかどうかが問題となります。学校教職員が反復継続の意思がないという見解は平成21年7月に文部科学省から厚生労働省への照会で明らかになっています。この点からも学校教職員と立場的に大きく変わらない保育所職員も「反復継続の意思がない」といえます。
しかし業務範囲に注射が含まれている看護師に関しては単純に同列に考えることはできません。
看護師が医師の直接指示がない状態でエピペン注射を行うことが、反復継続の意思がないと認定されるか?
看護師の場合は保健師助産師看護師法第三十八条の「臨時応急の処置」として判断されるのか?
ツアーナースや保育所看護師の場合などは、親権者が処方医師から出された注射指示書をもって、医師からの指示を受けたと解釈できるのか?
など、注射をすることは違法にあたらないとする根拠になりそうなことはいくつかありますが、公式見解や判例もありません
この点、今回、きちんと通達が出させるのかと期待したのですが、そうではなかったため、引き続き看護師のエピペン注射に関してはグレーなままというのが現状です。