当時は、「AHAインストラクターであると名乗ってはいけない」、という 謎のローカルルール が信じられていたので、このブログも【勘違い】からずいぶん叩かれたものでした。
ときを経て2020年、AHAインストラクターとして情報発信する個人が増えてきましたね。ブログや SNS だけじゃなく、動画での情報発信も増えてきて、驚くばかりです。
そんな中、 やや看過できない問題アリの Youtube 動画を見つけてしまいました。
看護師で日本ACLS協会AHA-ITC BLS/ACLS/PEARSインストラクター という方が、一般市民向けにシリーズで救命法を解説しているのですが、その中身は【市民向けと医療者向けがごちゃまぜ】、【米国の受け売りで日本の事情にあっていない】、など、日本の一般視聴者をかなり誤解させそうな内容なんです。
動画作成者さんにはSNS上で一度ご指摘させていただいたのですが、すぐにブロックされてしまい、その後、修正される様子もないので、こちらで公開情報として、動画中の不適切な箇所とその理由を解説することにしました。
一般視聴者の誤解を最小限にしたい、日本における正しい情報を伝えたいというのが目的です。個人攻撃の意図はまったくありません。
本コンテンツに誤認や不適切な点があれば、ご指摘をいただければと思います。修正や対応をさせていただきます。また当該動画が撤回ないしは修正された場合は、こちらのブログ記事も非表示にするなどの対応をいたします。
(その後、動画は限定公開に切り替えられたようですが、伝え聞くところによると、「アンチに攻撃された」という受け止めで、内容の間違いについては自覚いただけていないようなので、このブログ記事は削除せずにいます。)
動画1 【一般向け】急変対応基礎編
医療者ではなく一般の方向けということで紹介されているこちらの動画。アップされたのはごく最近の 2020/07/14 です。
問題は、3分15秒付近からの「呼吸・脈の確認」のところ。
一般の方向け(市民救助者という意味でしょう)としながらも、脈の確認を含めているのです。
■ 市民は脈の確認はしない
市民救助者には頸動脈の脈拍の触知は推奨されていません。市民にも脈を取ることを教えていたのは20年以上前の昔の話。市民救助者は、「反応なし+10秒以内に普段どおりの呼吸だと確信できない」ことを持って、胸骨圧迫を開始します。
これはアメリカの蘇生ガイドラインでもほぼ同じで、医療者と違って市民は、「反応なし+呼吸なし or 死戦期呼吸」の場合としています。(ハートセイバー受講者マニュアル 等を参照ください)
日本の場合は、埼玉で起きた学校事故の教訓から ASUKAモデル が提唱され、10秒間呼吸を見てもよくわからなければナシと判断するようにとの指導がされている点、米国より一歩進んだ形になっています。
この動画の中では、呼吸と脈の確認は医療従事者でも難しいから、自信がなければしなくてもOKとしています。結果的には脈の確認はしなくてよいと言っているとも解釈できますが、であれば最初から脈拍というそもそも言及するべきではないと思いますし、ご本人もわかりやすく伝えたいと言っているのであれば、余計なことは伝えないほうがシンプルですよね。
また「5-10秒よりすごく時間がかかってしまうくらいなら【脈と呼吸】は確認しないほうがマシ」という発言もあります。ここは間違いと断定するほどのところではありませんが、一応、市民向けにも講習を受ける立場の人には【呼吸確認】は基礎として間違いなく教えている部分である点は指摘しておきたいと思います。
動画2 【AEDシリーズ2】〜パッドの貼り方について〜
■ 小児パッドは小学生未満 8歳未満じゃない
この方の他の動画でも一貫して間違っているのですが、AEDの小児パッドの適応は日本では8歳未満ではありません。日本では2010年の蘇生ガイドライン改定で 就学年齢未満(つまり小学生未満) に変更されました。
アメリカの蘇生ガイドライン準拠の BLS/ACLS/PEARS/PALS プロバイダーマニュアルやコースDVDでは、8歳未満と言っていますが、これはあくまでもアメリカでの話。
日本国内で、ましてや一般の方向けの解説動画としては、明らかな間違い と言わざるを得ません。
AHAテキストの中でも、医療従事者以外の市民を受講対象としたハートセイバーCPR AEDコースのテキストでは、「日本では小学生未満」と正しく注釈が入っていますし、DVDのテロップでもそう表示されます。
日本のAHA講習の中でも、自分で責任が取れる医療者向けはざっくりと米国のままの部分でも、教わったことを鵜呑みにしてしまう市民向けではちゃんと留意されているんですね。
8歳未満でも小学生未満でも大差ないじゃんと思われるかも知れませんが、本来は医者しかできない除細動という高度で侵襲的な医療処置を行うわけです。
ましてやAEDは法律に基づいた高度管理医療機器。その使用の法的要件を満たすためにも、日本の国内法規、規準、医療機器添付文書の通り正確に教えなければいけない部分です。
■ 2枚目のパッドが入っているとは限らない
動画の4分30秒あたりで、「2枚目のパッドが必ず入っています」と断じていますが、そんなことはありません。予備パッドは入っていないことの方が多いのが現状です。AEDパッドは1枚1万円以上して、1回限りの消耗品です。もしくは2年間の使用期限が切れたら廃棄しなければいけないもの。めったに使うわけではないものに余分に1万円以上のお金を出すかどうか、設置者次第です。
一般向けに話をするならば、むしろ「予備パッドは入ってない」という前提で話をしていかないと危険です。
■ 胸毛・水濡れ・ペースメーカー・薬剤パッチ 今は教えない
これは間違い、ということではありませんが、日米の教育で少し違う部分です。日本では2015年からAED使用上の特殊なケースの説明はしないことになりました。胸毛が濃かったら… というやつですね。
日本の救命講習は、基本的に「救急蘇生法の指針」(市民用は 厚労省 ならびに 総務省消防庁 のWEBからPDFでダウンロード可)に基づいて実施されています。
その救急蘇生法の指針2015【市民用・解説編】の63ページのFAQで解説されていますが、AEDを使うという稀なケースの中でもさらに稀なケースということで、質問があった場合のみに説明する、という方針が示されています。
大事な点を強調したい、シンプルに伝えたいということであれば、真っ先に省く部分と言えます。
動画3 成人用マネキンを用いて【胸骨圧迫】のポイントを実演!
■ 成人への胸骨圧迫の深さは「5cm以上6cmを超えない」ではない
これは動画の1分30秒あたりですが、日本でもアメリカでも、市民向けに「6cmを超えない」ということを指導することはありません。確かにこれは日本でも米国でもガイドライン2015で新しく出てきたポイントですが、ふつうに考えて、5cm以上6cm未満というわずか1cmの誤差範囲で押すのは無理です。
論文に基づいてこのような勧告が出ましたが、実現不能だし、なにより6cmを超えると損傷のリスクが増すと言われたら、どうしても浅くなるのが人間心理。特に一般市民の場合は。
そこで、実務的な指導の中では「少なくとも5cm」としています。
特にAHA講習では、医療者向けのBLSプロバイダーコースの中でも、基本的には「少なくとも5cm」という表現で指導・練習しており、胸骨圧迫の深さを測定できるフィードバック装置を使った場合にのみ6cmを超えないという目標が追加されます。(BLSプロバイダーマニュアルG2015 の p.3 をご覧ください)
医療者ですら条件付きでないと教えない内容です。少なくとも一般市民向けに教えるべきものではありません。