「山と渓谷」ウィルダネス・ファーストエイド記事補完(2011年7月20日)
ウィルダネス・ファーストエイドの医行為に関する法的考察(2010年9月16日)
先ごろ、おそらく日本国内でもっともアクティブに活動しているウィルダネス・ファーストエイド教育プロバイダーのWMA JAPANが、ウィルダネス・ファーストエイドに含まれる医行為に関する声明を発表しました。
WMA JAPANは以前から、厚労省への照会や顧問弁護士を付ける等の法的な取り組みをしていることを広報しており、法的問題には積極的に取り組んできた団体と認識しています。
今回の声明も、業界としては非常に画期的な出来事であろうと思います。
中身はというと、法律の話なので、読み手によっては理解しづらいところもあるように感じますので、すこし解説を加えようと思います。
この公式見解は、一般社団法人 ウィルダネス メディカル アソシエイツ ジャパンのFacebookページで公開されています。まずはこちらをご覧ください。
WMA野外・災害救急法への法的な懸念
論旨をまとめますと、まず、結論は下記のとおりです。
「したがって、WMA野外災害救急法を躊躇せずに、参加者の命を救うべきである。」
命題は、3つです。
・医師法違反への懸念
・傷害罪(刑法)への懸念
・緊急時無管理(民事責任)への懸念
この3点に関する懸念に対して検討した結果ということで、上記のように述べているという論理構造になっています。ひとつひとつ解説していきます。
1.医師法違反への懸念
これは、WMA JAPANの声明の通り、医師法違反を問われる可能性は低いと考えられます。反復継続の意志の有無が問題となるわけですが、厚生労働省見解として、学校教職員がエピペン注射をするにあたって反復継続の意志がないと考えるという前例を作っています。
学校教職員は、必要とあれば2度目でも3度目でもエピペン注射をする心づもりがあり、訓練を受けているわけですが、それであっても「反復継続の意志はない」と判断されている以上、ウィルダネス・ファーストエイドにおいても、同様の判断がされるだろうと考えられます。
2.傷害罪(刑法)への懸念
これについての、WMA声明での論拠部分を引用します。
「刑法上、違法性を阻却する緊急避難は、要件が厳しく、参加者の生命・身体を守るために処置した行為が救助しようとした結果を実現しない限り、要件を満たさない危険をはらむ。そこで、より広く違法性阻却の道を確保するために、刑法35条の正当行為としての違法性阻却を認めるべきであると考える。」
この文章だけをみると、声明の結論である「したがって、WMA野外災害救急法を躊躇せずに、参加者の命を救うべきである」という文章とは、まったくつながりません。
ゆえに間をつなぐかのような下記のような一文があります。
「WMA野外災害救急法により結果的に危害を生じさせてしまった場合、弁護士により処置の必要性・相当性等が証明できれば緊急避難や正当行為として傷害罪等の刑事上の責任を問われない可能性は十分にある。」
つまり、無免許者が医行為を行ったことで危害を生じさせた場合、傷害罪を問われないためには、弁護士により処置の必要性・相当性を証明してもらう必要がある、というように読み取れます。
これをもって躊躇せずに、と結論付けられると、なるほど、と納得できる人は多くはないのではないでしょうか?
3.緊急事務管理(民事責任)への懸念
この項目では、「WMA野外救急法の手順を適切に遵守するときは重大な過失なしとされる可能性が高い」と結論づけていますが、その医行為の手順が医学的に検証されたものであったとしても、日本の法律では医師以外が医行為を行うことは想定されていないため、素人が「手順通りにやった」といって、どれだけ信用されるかは未知数です。
また本文中にも書かれていますが、緊急事務管理とは「業務上の注意義務がない時の行動を規定する」ものですから、この部分は、山岳ガイドやアウトドアガイドなど、業務として救助を行う人には適応されません。この点は十分に注意が必要です。
4.「プロトコル許可書への医師からのサイン」とはなにか?
なにより、この声明で疑問視されるのは、最初の方にある下記の一文です。
「なお、WMAカリキュラムの内容と教授法そのものへの相当性は、プロトコル許可書への医師からのサイン、ならびに医師からの証言で既に証明されていることを附言する。」
プロトコル許可証への医師からのサインがある、ということが正当性の根拠のように書かれていますが、医師を始め、医療従事者の皆さんはこれをどう理解しますか?
プロトコルで動くと言ったら救急救命士のメディカルコントロールをはじめ、看護師の特定行為についての指示書が思い浮かびます。
ウィルダネス・ファーストエイドの実施者のほとんどは医療者免許を持たない人たちなわけですが、そういった不特定多数の人たち(つまり講習受講者たち)に「プロトコル許可書」なるものを医師が発行し、サインしているという事自体がにわかには信じられないことです。
これが事実だとすれば、法的論拠や市民が行う医行為の責任の所在という点で、決定打になる可能性があるものとも考えられますが、非常に曖昧な表記となっており、詳細はうかがい知れません。この点、具体的な詳細情報が望まれます。
また後者の「医師からの証言」なるもので「証明」されていると結論付けるのには乱暴さを感じます。「ある医師が大丈夫といったから問題ないと証明された」というのであれば、その医師が誰でどのように証言したのか明示されていなければ、証明とは言えません。
この点は、この声明を当事者として受け取り、医師免許なしに医療行為を行うことを想定しているウィルダネス・ファーストエイド・プロバイダーはきちんと吟味する必要があるでしょう。
この声明は、実施者の責任を負ってくれる免罪符ではないという点、言うまでもないと思いますが、強調しておきたいと思います。